「チャンスは準備ができている人に微笑む」国際ジャーナリスト、キャスター、明治大学国際日本学部 学部長 蟹瀬誠一さん 上智大学文学部新聞学科卒業

蟹瀬誠一さん / 豊田圭一

  • 日時:2008年1月30日 18時半〜19時半
  • 聞き手・編集:豊田圭一(経済学部 平成4年卒)

今回は国際ジャーナリスト、キャスターとしても知られ、2008年4月からは明治大学国際日本学部の学部長にも就任される蟹瀬誠一さんにお話を伺いました。

豊田:

蟹瀬さんは日本大学文理学部体育学科を中退して上智大学文学部新聞学科に入学しました。ジャーナリストを目指そうと思って入学することにしたのですか?

蟹瀬さん:

いいえ、高校のときに突然画家になろうと決意したんです。絵描きになって建築なんかにも関わるのも悪くないなぁなんて…。

それで、武蔵野美術大学を受験したんですけど、ろくに準備していなかったから通るわけがない。ものの見事に落ちました。画家になる夢はすぐにあきらめ、他に何かできることがないかと考えているうちに出た答えが体育の先生でした。スポーツも得意だったんです。「じゃあ体育の先生にでもなるか!」と軽い気持ちで日大の文理学部体育学科を受験しまし、こちらは合格。

でも、ちょうど学生運動が盛んだった頃で、大学行ってもキャンパスはロックアウトされていました。しばらくして「俺の将来ここにはないな」と感じるようになったんです。

日大在学中に唯一役に立ったのは哲学史を学んだことでしょうか。それまで哲学なんてまったく興味なかったのですが、生まれて初めて哲学史を学び、「世界の歴史の流れ」が分ったように思いました。世の中は宗教も含めた哲学の変遷とともに動いてきたんだなということが。

結局、1年弱で親に内緒で中退。次に見つけたのが上智大学の新聞学科でした。ジャーナリズムにとくに興味があったわけじゃないんだけど、なんか人のやってないことをやりたいと思い、「ここだ!」と決めたんです。思い立ったらすぐに行動してしまう方ですから、そこから数ヶ月は本当に一生懸命勉強しました。合格できなければ就職しかないと思っていましたから。合格できたときは、ホッとしました。

豊田:

蟹瀬さんがジャーナリストを目指そうと思ったきっかけはなんだったのですか?

蟹瀬さん:

1970年に三島由紀夫が市ヶ谷の自衛隊駐屯地で割腹自殺をするという衝撃的な事件がありました。いま思えば、それが僕にとってジャーナリズムというものに目覚めた最初だったように思います。

市ヶ谷の駐屯地は大学のすぐそばでしたから、一報を聞いてすぐに現場に走って行きました。もちろん大学生の僕が中に入れるわけはないのですが、駐屯地内の只ならぬ雰囲気は感じ取ることが出来ました。
そのとき思ったのは、「ノーベル文学賞の候補に名を連ねるような大作家が、なぜああいう軍人の真似をして、しかも自衛隊の駐屯地で割腹自殺までしたんだろう?」ということでした。

我々ジャーナリストの仕事というのは、世の中で起きていることに対して、「なぜ」と疑問を投げかけ答えを求めていくことだと思うんです。

その意味では、あの事件が私に与えた影響は少なからずありました。

豊田:

上智在学中にフィリピンのアテネオ・デ・マニラ大学に交換留学をしていらっしゃいます。どうして留学先にフィリピンを選んだのですか?また、フィリピン留学が蟹瀬さんのその後に与えた影響はありますか?

蟹瀬さん:

2年生のときに、交換留学の一期生としてフィリピンのアテネオ・デ・マニラ大学へ留学しました。

その頃、優秀な人はみんなアメリカだとかイギリスだとかに留学したんですが、僕はへそが曲がっていて人があまり行かないフィリピンに行きました。生活費も安かったですしね。(笑)

貨幣価値が違うフィリピンで日本人はアラブの王様みたいな生活ができました。毎晩、ナイトクラブへ出向き、ハメをはずして好き放題やりました。マルコス政権の末期で戒厳令前夜でした。街にはカービン銃持った兵士たちがたくさんいました。それでも朝の4時くらいに帰ってきたりして…。今なら怖くてやらないと思いますけど。若かったんですね。(笑)

ただフィリピン留学中にアジアの現状を直接体験できたことで、偏見を持たずに彼らの目線で物事を見ることができるようになりました。まず現場を見る、それがジャーナリストの真骨頂だと思いますが、フィリピン留学を通して、先入観を持たずに自分の目で見、自分の頭で考えることの大切さを学んだように思います。

それが最近になっても、国際情勢を見るときにすごく役に立っています。

豊田:

37歳の時、ミシガン大学大学院へ留学されました。着々とキャリアを築き上げてきたと思われる30代後半になぜ留学しようと思ったのですか?

蟹瀬さん:

中断という意味合いは僕にはなかったのですが、それまで通信社記者として10数年同じことを繰り返してきた感があったので、そろそろ人生に句読点を打ちたかったのです。

海外留学は、自分の人生をリセットするため、そして、ステージの高いところに持っていくための手段として最も手っ取り早いというか、すごく有効なものだと思うのです。

それに、違うカルチャーのところで暮らして、違う考え方を持っている人たちと交流できる機会というのは若いときにも必要だけど、30代くらいになって自分の人生と向き合えるようになったときにも有意義だと思いました。なぜなら、若いときよりも目的や自分の意思が明確になっているからです。

豊田:

これまでのキャリアで蟹瀬さんにとって最大の転機はいつでしたか?

蟹瀬さん:

最大の転機を選ぶのは難しいですね。僕は転機のチャンスというのは、駅のホームに入ってくる電車のようなもので、誰にでも訪れるものだと思います。でも、その電車に乗るか乗らないかは自分の決断。乗ったけど、自分が思っていたところとはまったく違うところに行くこともあるし、乗っておけばよかったのに乗らなかったと後悔することもある。そういうものだと思っています。

だから、上智に入ったのも転機だったし、AP通信社に入ったのも転機だったし、アメリカの大学院に留学したのも転機だったし、すべての節目が駅のホームで電車を乗り換えるみたいな感じでした。

ただ、大きな転機という意味では、テレビジャーナリズムの世界に入ったことでしょうか。ニュースキャスターになって収入も格段に増えましたし、いわゆる著名人の仲間に入れられるようになり、知らない人からも声かけられるようになりましたからね。生活のリズムがすっかり変わってしまいました。

日本のテレビに入るまでは、ずっと外国のメディアで働いていました。その理由は、世界があまりに日本のことを知らないので、「日本のことを世界に発信したい」という思いが強くあったからです。

しかしやがて、日本人があまりにも世界のことを知らないということに気がつきました。それで今度は「日本人に世界を伝える立場になりたい」「それをやるためには日本のメディアに行かなきゃ」と思うようになりました。それが日本のメディアで仕事をするようになった理由です。

そして、いつの間にか大学の先生にもなっちゃった。人生は本当に面白いですね。

豊田:

今年新設される明治大学国際日本学部の学部長に決まりました。どのような学部なのですか? http://www.meiji.ac.jp/nippon/

蟹瀬さん:

一言でいえば、「日本の事を知って、それを世界に発信できる若者を育てる」ための学部です。

日本の事というのは、お能や歌舞伎のような伝統文化からクールジャパンと言われているような現代のアニメなどの先端文化をすべて含んでいます。そして、発信力を高めるために国際語である英語に力を入れる。できれば授業は英語でやりたいなと思っています。

新学部で学んだ学生がやがて「日本の素晴らしさ」「日本の底力」を世界に向って発信する人材に育って欲しいですね。それが結果的に日本の国際的な評判をあげるだろうとも思います。

豊田:

蟹瀬さんのこれからの夢や目標は何ですか?

蟹瀬さん:

僕はあまり長期ビジョンを持っていないんです。川の流れに乗っかっているような感覚というか…。だから、これからどうというのはあまり考えていません。一日一日を充実させていきたい。

だけど、世の中、特に日本という国のために何か貢献できることをやっていきたいという気持ちはあります。政治家になるというのもひとつの選択でしょう。

現在の日本の将来像はあまりにも暗い。それが明るく元気になるようにしたいですね。

豊田:

では最後に上智大学の後輩へ、社会人の先輩としてメッセージをお願いします。

蟹瀬さん:

僕は座右の銘と聞かれたときに、Chance favors the prepared minds.と答えます。これはパスツールの言葉なのですが、「チャンスは準備ができている人に微笑む」という意味です。

例えば、何のために英語を勉強しているのか分からないということがあります。でも、頑張って勉強しておくんですね。ある日突然年収5千万円の仕事のオファーが転がり込むかもしれません。ただし条件は英語ができること。そこでそれまでのあなたの努力が報われるわけです。

だから、何のためか分からないけど、その力をつけておくこと、常に自分自身を色々な場面でpreparedな状態にしておくことが大切だと思うのです。

そのためにも、「好奇心を持ち続けることが自分の未来を切り拓く」と言いたいですね。そして、ジャーナリズムはまさにそんな職業です。

あとは、物事をHow toじゃなくて、Why? Becauseで考えこと。Why? Becauseで考えていたら、自ずと世の中の大きな流れを掴むことができるようになり、それがその後の勝負を分けることになると思います。

豊田:

蟹瀬さん、今日はとても面白く有意義な話をどうもありがとうございました!

〜豊田圭一のひとり言〜

自分の価値観や考え方を大切にしながら、でも、どこかひょうひょうと自然体でチャレンジしていく姿勢にとても共感しました。特に、蟹瀬さんの座右の銘であるChance favors the prepared minds.という言葉は僕の心にスッと入ってきました。 俺もこういう人になりたい!

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