「仕事は自分のためにするんだよ!」永田順子さん(日本航空インターナショナル 執行役員 客室本部副本部長 客室乗員サポート部長)外国語学部フランス語学科 昭和50年卒

永田順子さん

  • 日時:8月23日13時〜14時
  • 聞き手・編集:豊田圭一(経済学部 平成4年卒)

今回は日本航空インターナショナルで女性初の執行役員としてご活躍していらっしゃる永田順子さんにお話を伺いました。

豊田:

永田さんのこれまでの経歴、そして、今現在どのような業務に携わっているかを教えていただけますか?

永田さん:

1975年に入社して以来、2005年までは乗務員資格がありましたが、後半は年に数回しか乗りませんでしたので、乗務員をしながらマネジメントをしていました。そして、昨年度「もう乗務員資格はいらないでしょ?」と言われ(笑)、今はマネジメントに専念しています。

現在は、今年から執行役員になりまして、客室本部の副本部長ともう一つ客室乗員サポート部という総務関連の部長も兼務しています。

仕事内容としましては、乗務員のマネージメント、スケジュールや健康に関することや、海外6基地の乗務員が800人いるのですが、彼らのまとめ役もしています。

執行役員としては経営という立場で客室サービスを見ないといけませんし、客室サポート部としては生産性を向上しながらサービス品質を落とさないということを考えなければいけないということになります。

あとは、乗務員の生活に関わるところも見ないといけません、乗務員に関するすべてを見ていると言ってもいいと思います。そのためとても忙しいですけど、全体を見ることができるのでいろいろなものを広い視野で考えられ、私自身はとても勉強になっていますね。

豊田:

ところで、なぜ就職先としてJALを選んだのですか?

永田さん:

私が入社した当時はオイルショックで、就職がとても厳しかったんです。上智の場合、女子学生で受けられるのは三井物産か日本航空(地上職)しかなくて、そして、どちらも人気があったので両方は受けられませんでした。しかも、学校推薦の枠が1人という状況で、成績があまり良くなかった私はそれももらえず、結局コネで受けるだけ受けさせてもらったのですが、それも落ちちゃいまして…(笑)。

外資系の銀行だけは受かったのですが、「どう考えても銀行って柄じゃないよね〜?」と思いまして、そこにも行かず…。そうこうしているうちに、JALで乗務員の募集があるよと聞いたので受けてみることにしたのです。正直、私は乗務員には全然興味がなかったのですけど、地上職への転籍もあると言われ、何年か働いたら地上職に移ろうと思っていました。

でも、始めてみたら次から次へとハードルが出てきました。やることがたくさんあったというか、始めたらそれが意外と楽しくて、もうちょっともうちょっとと思っているうちに、そのまま乗務員としてずっと勤務してしまいました。

豊田:

ナショナルフラッグとして日本の顔だったJALですが、資金繰りや整備ミス、運行ミスなどの問題を抱えています。また、それ以外にも燃油価格の高騰や規制緩和による新規航空会社の参入といった問題もあるなか、今後、どのような方向に向けて進んでいきますか?

永田さん:

こういう状況になり、一から出直さなきゃいけなくなりましたけど、これは会社としていい機会だと思っています。

最近は「まずやろうJAL」なんてキーワードが若手から上がってきたりしまして、徐々に変わりつつあると思うんですけど、そういうことも、ここまでこなきゃなれなかったと思うんです。

それまでは、世間でいろいろと言われても、どこかが何とかしてくれるみたいな意識があったような気がします。特に乗務員は自分達の職場は機内だと思っていますし、実際にオフィスがないので、帰属意識が低いんですよね。だから、会社がどうなっているとかあまり関係がなく、そういう意味では危機意識というのはなかなか持てなかったと思います。実際、いくら大変だ大変だといっても、飛行機に乗ればそこにはお客様がたくさんおのりいただいているわけですから。

それが今、乗務員を取り巻く状況も変わってきました。2年前から「3知ろう作戦」と呼ばれるものをやっているのですが、これは「路線を知ろう」「お客様を知ろう」「会社を知ろう」という3つです。今までは会社が公平であるということに気を使って、乗務員が飛ぶ路線なども満遍なく配置していたのですが、路線を固定するようにして、一年二年同じところを飛ぶことで、自分が担当する路線に愛着が持てたり、お客のことも知るようになりました。

その結果、これまでは敷かれたレールの上を歩いていたような感じですけど、この2年間で大分変わってきまして、乗務員が自分達でレールを敷いていこうという意識が間違いなく出てきたと思います。

豊田:

永田さん自身のビジネスパーソンとしての今後の抱負を教えてください。

永田さん:

まだまだ再生の途中ということで、生産性を上げていかないといけないというところがあります。

その中で、私は客室の責任者として乗務員が会社の状況をしっかり把握し、今やらなければならないことを理解しながら、モチベーションを落とさず、安全とサービス品質を維持するというバランスを取っていかなければいけないなぁと思っています。

ただ、経営という視点から見ると乗務員サイドだけに立ってはいけません。乗務員というのはJALにとって顔でもありますから、彼らが活き活きと仕事をするような会社にし、お客様が彼らを見てJALは良い会社だと思われるようにしていかなければいけないと思っています。

豊田:

上智での思い出や上智で学んだことで今のキャリアに影響していることなどがあれば教えてください。

永田さん:

大学時代から海外の文化に対する憧れはありました。それで、外国語学部(フランス語学科)を選んだわけなんですけど、もう一つは語学をやっておけば「手に職をつけられる」という思いもありました。と言っても、当時は「職」と言えば、語学しか思いつかなかったんですよね(笑)

あとは、ずっと日本にいる仕事じゃない仕事がしたいなんて思いもありました。

豊田:

では最後に、上智大学の後輩に対して一言お願いします!

永田さん:

月並みかもしれませんけど、「仕事は自分のためにするんだよ」ということでしょうね。
「やらされているんじゃないよ。自分がやってるんだよ」ということです。

あとはやはり、自分の強みや弱みはどこにあるんだろう?ということを常に考えて仕事をしていかないといけないということでしょうか。誰だって自分の弱みなんて見たくないですけど、そこを見ることで、その先違う自分になれると思うので、自分の弱みから眼をそらさず、どうやって克服するかを考えるようにしたらいいと思います。

豊田:

永田さん、今日は大変貴重は話をどうもありがとうございました!

永田順子さんプロフィール

1951年東京都生まれ。1975年上智大学外国語学部フランス語学科卒業後、日本航空株式会社に客室乗務員として入社。1990年訓練部教官、1996年キャビンスーパーバイザー、2004年国際フライト旅客部長などを経て、2006年客室本部副本部長兼第1客室乗員部長に就任。2007年4月より日本航空グループ初の女性執行役員に就任、現在に至る。
これまで30年以上にわたり、現場の第一線に立つ客室乗務員として航空会社の社会的使命である「安全かつ快適なフライト」を体現してきた。執行役員就任後は、客室乗員サポート部長を兼務しながら、お客さまの声と乗務員の視点をスピーディに経営に反映させることを目指すと同時に、約8,000人在籍する客室乗務員のロールモデル的存在として、組織の円滑な運営と後進の指導・育成に努めている。

リンク

株式会社日本航空 http://www.jal.co.jp/

〜豊田圭一のひとり言〜

客室乗務員として世界各国を飛び回り、そして、今は海外基地も含めたすべての客室乗務員を管理する立場で活躍中の永田さん。第一線で活躍してきた経験とお客様の視点に立ちながら、まずはできるところから会社を変えていかなければいけないという姿勢にとても共感しました。これからのますますのご活躍を期待しています。

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