私のドイツ駐在経験

 社員数150人、うち日本人は私一人だけ。経営幹部としてカメラ関係のドイツ現地販売会社に派遣されるにあたって、私はこの特異な社内環境を考慮して4つのことを決意した。

  1. ドイツ人社員と分け隔てなく積極的に交わり、社員一人一人とのコミュニケーションを深めていこう、
  2. 販売会社である以上、市場、ユーザー及び販売店さんに感謝の気持ちを忘れずに接していこう、
  3. 上智大学ドイツ語学科を卒業した者として、ドイツ語で“後ろ指”を指されないようにしよう、
  4. いかなる時でも日本人としてのアイデンティティを失わないようにしよう、

以上の4点である。毎朝出社すると、倉庫やサ−ビス部門など、ドイツ人幹部があまり顔を出さなかった職場にも気軽に出向いて声をかけ、問題がないかどうかを確認し、皆が元気に業務に取り組んでいる姿を自分の目で確かめる。いわゆる人間重視・現場重視主義である。

いつも“schmeckt sehr gut!”(「とても美味しい」)と言いながら食べる

 また何しろ日本人は自分ひとり。Kantine(カンティーン=社内食堂)には日本食の用意などもちろんない。昼食時には食堂担当の中年の女性たちが用意してくれるドイツ食の冷凍食品をレンジで温めてもらって、いつも“schmeckt sehr gut!”(「とても美味しい」)と言いながら食べる。正直に白状すると、本当に美味しいメニューの時はいいが、元来は日本食党である自分には二の足を踏むメニューの時もしばしばある。しかし、そういう時でも、日本人の私が“美味しい”と言いながら食べると、彼女らが非常に悦ぶのをよく知っているから、いつも美味しいと言って食べる。また、社員食堂はドイツのことや日本のことをドイツ人社員と一緒に食事をしながら啓蒙し合うのに、格好のコミュニケーションの場でもあった。

 また、機会を捉えてはドイツ国内をくまなく飛び回り、走り回った。担当のセールスマンに同行してもらって、主要販売店150店くらいの社長さんには直接お会いして面識を深めることに努めた。それによって、国や人は変わっても商売の基礎には良好な人間関係・信頼関係が不可欠であることを実地に確認できたことが大きな財産になった。また、Aという販売店さんはなんという街のどういうところに位置していて、ショーウインドウの大きさはどのくらいでどの方向に面していて、歩行者の流れはどう動いているか、というような詳細情報を主要店すべてについてイメ−ジ出来て、販促活動などに役立たせることが出来た。
 商売上の利点を離れても、ドイツ全土を回って、地理好きという自分の個人的な趣味も充分に満足させることが出来て良い思い出にもなり、また家族一緒のドライブ旅行などの際にも大いに役に立った。

販売戦略や宣伝計画などの重要戦略会議をすべてドイツ語で

 その他、年間を通じて数回ドイツ人幹部と3日間くらいの合宿をして販売戦略や宣伝計画などの重要戦略会議を行なった。 その際には朝の8時半から夕方6時まですべてドイツ語で会議を進めていった。彼らと対等のデイスカッションをする上では、あるいは英語で行なったほうが楽だったかも知れないが、あくまでもドイツ語での会議を貫き通した。それによってドイツ人の理論構築のプロセスなどを身近に学べたと思う。しかし、だからと言って、ここはドイツだからドイツ人の言うことに従おうというような“郷に入っては郷に従え”的に、安易に妥協するようなアプローチは一切採らなかった。彼らとよく話し合い、自分自身がそのグロ−バルな普遍性を持つがゆえに正しいと信じた本社の企業理念に則った戦略・方針を採用するようにリードした。とはいえ、この会議は正直言って相当疲れるものだった。
 上記の職責を果たす上で、我が 「♪うるわしきアルマ・マーテル、ソフィア」のドイツ語学科にて習得したドイツ語およびドイツ文化の知識が大いに役立ったことは言うまでもないが、 そのレベルや素養は我が事ながら到る処で驚嘆の目で迎えられた。

 8年あまりの駐在を終えて、ドイツを去る時に、ドイツ人スタッフが送別の詩を贈ってくれた。その中に下記のようなフレーズを見出した時には、自分が赴任前に決意し、実行してきたことは間違っていなかったんだ、彼らは彼らなりに私の考え・行動を理解してくれていたんだと確信できて、感無量の思いがこみ上げてきた。

…… galt manchen schon als Preusse gar, obwohl er immer Japaner war, ……
“彼は多くのドイツ人たちに、確かに真のプロイセン人のごとくに思われていた、彼自身はいつも変わらず日本人であったにも拘わらず”
(筆者訳)
(キヤノン株式会社OB)

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