倒産、そして再出発

 1998年8月の金曜日、海外出張から帰国して久しぶりに出社すると、銀座の本社ビルの前には、テレビ局の車や報道関係者が多数詰め掛けていて、中に入れない状態でした。人ごみを掻き分け、漸く所属する穀物部のフロアーに辿り着くと、「本日、東京地裁に破産手続きを申請したので、従業員は全員解雇します。」との館内放送が流れていました。
 その日が創業125年の商社大倉商事の最後でした。それからは、管財人の下での残務処理の傍ら、若い人達の再就職、海外に取り残された穀物部出身の駐在員の帰国・就職の相談でてんてこ舞いでした。ひどいことに、彼らの預金口座は銀行に差し押さえられていました。傍ら、自分たちの再就職も同時に考えなければならなくなりました。
 同じ部の仲間たちは会社を設立し、また個別に就職活動を始めておりましたが、我々の食品大豆チームは、競合他社が商圏を狙って動いていることもあったので、全員で他の会社に丸ごと移籍する道を選びました。

ほとんどの販売先も「サラリーマン同士助け合いましょう」と取引を継続

 その間、海外の取引先は支払いが出来ないにもかかわらず、予定通り船積みを行ってくれ、また国内のほとんどの販売先も「サラリーマン同士助け合いましょう」と取引を継続してくれました。多数の人々から激励の言葉やメールを頂きました。特に上智同級生の伊達さんは、倒産直後に駆けつけて来てくれ、リース会社が備品を持ち去った後の床に散乱したケーブルや打ち捨てられた旧式のパソコンを繋いで、急場のネットワークを組み立ててくれました。ほんとうに助かりました。

 倒産一ヶ月後、現在の会社に移籍し、今でも以前同様に海外より大豆を輸入し、国内の食品メーカーに供給しております。会社の規模は小さくなりましたが、取引の規模は順次拡大、海外の産地では地平線の彼方まで契約した大豆が植わり、それを見ると感無量ですが、同じ仕事を続けられたのも多くの人達の助けがあったからこそです。
 これからは、上智の精神を思い起こしつつ、微力でも人々の役に立てる仕事が出来ればと考えております。
(大鳳商事穀物部次長)

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