私の日本留学

私の日本留学:金 成男大学時代まで勉強にあまり熱心でなかった私は、会社に入り、実際に仕事をした時に様々な問題や疑問にぶつかり、それを解決できない自分自身の知識の限界を自らで認識したことがよくありました。また、国の科学技術が先進国に比べてまだ幅広く遅れている状況下で、両親の支持を得て、先進国である隣国の日本に来て、勉強することにしました。

時間の経つのは早いものです。私は東京の空気を吸いながら4年の留学生活を過ごしました。4年の生活を振り返ってみると、苦しいとか楽しいとかいうより、この4年は私の人生にとって大切な4年だったことが分かります。充実した有意義な4年だったと思います。日本での留学生活を振り返ってみて自分の感想をすこし話してみたいと思います。

“私の人生はこれから変わる”

私は北京国際空港で飛行機に乗るとき、“私の人生はこれから変わる”と自信満々に自分に対してこう話しました。しかし、長期留学のために、異国の町に住みはじめ、最初の忙しい時期が過ぎ、気分も日本に来るときの興奮状態から徐々に落着いた状態に変わり、一方的に外部からいろんな印象を押し付けられた状態から解放され、自分の頭で物事を考えるようになりました。両親の貯蓄を使って、自分の一切を放棄し、日本に来て新しい或いは苦しい生活をするのは、価値があるかどうかという国ではあまり考えたことがない問題を考え始めました。

日本の高い物価、ハードな生活スケジュール、難しい日本語

大きな期待と夢を抱いて来日を果たした私は、日本の高い物価、アルバイトと学業とのハードな生活スケジュール、難しい日本語、そして・・・、様々な困難に直面して何度も挫折を経験します。毎回困難に直面したとき、つらい思いがあったとき、私は日本語学校の山本先生のお話を思い出します。
「こんな事に会ったことはないんでしょうね。これも人生の勉強ですよ。人の一生の中にはいいこともあるし、つらいこともあります。でも、どのような困難にぶつかっても、必ず、最後までがんばらなければなりませんよ。元気を出して、明日からまた頑張りましょう」と言いました。山本先生の話を聞いて、私はとても励まされて、どのような困難にぶつかっても、最後まで頑張ってきました。私が通った日本語学校はいろんな国の留学生が集まっていました。私は各国から集まった留学生の多様な価値観に揉まれながら、日本語を勉強しました。私は日本での経験すべてを一生の財産として、これからの人生に生かしたいと思います。

「苦労してはじめて立派な人間になれます」

日本にきて本当によかったと思います。私は国にいる時には両親の愛の傘下でのびのびと生活をしていました。困難があったとき、頭の中には両親に頼む、依頼するという考えが先で、自分で解決しようとしなかったのです。今、私はかわりました。「元気を出して頑張ろう」という強い留学生になりました。人生の道は自分の手で開くものだと思います。中国でこういう諺があります。「苦労してはじめて立派な人間になれます」。これから自分の人生のために頑張ろうと思います。

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